お城巡り(茨木市 下音羽城址・泉原城址・豊能郡能勢町 高山向山城址・高山城址編)

お天気が良いのでお城巡りです。昨年は亀岡市、南丹市、丹波篠山市の城址を中心に回っていたのですが、高槻市、茨木市近郊にも多数の城址があるため重点的に回っています。

まずは「ファミリーマート茨木南春日丘店」でお茶と昼食を調達し、「下音羽城址」に向かいました。この城址のすぐ南側の府道109号線は、能勢町方面に行くときに何度も通っています。バイクは府道から「下音羽城址」へ向かう分岐点に駐めました。バイクの背後に見える左側の坂道が、城址へと向かう道です。

坂を登っていくと、左手に城山に入る階段があります。フェンスがありますが、掛け金がかかっているだけなので、外して城山に入ります。ここからは城山を直登りしました。

「本郭跡」の手前に、「堀切」と思われる部分がありました。

「本郭跡」に到着。林状態で、城跡碑や説明看板等はありません。目印として赤いリボンを結んでおきました。バイクを駐めた場所から約7分かかりました。

「本郭跡」からの景色。低い山なので絶景とはいきませんね。

城山を降りて、バイクを駐めた場所に戻ってきました。往復に約13分かかりました。次は「泉原城址」に向かいます。

「泉原城址」は府道43号線沿いにあり、現在は「茨木市立清溪小学校」になっています。バイクは校門を少し通り過ぎた場所に駐めました。

「泉原城址」は小学校になっており、校門の右手に城跡碑と説明看板だけが確認できました。

次は「高山向山城址」に向かいます。府道4号線から脇道に入って、城山の南西にバイクを駐めました。バイクの進行方向の右手が城山です。

城山の石垣に山に入れる場所があり、そこから城山を直登りしました。かなりの急斜面の山ですが、林業用の細い道があるため、それを上手く使いながらスイッチバック方式で登りました。

「堀切」の手前から「本郭跡」を見上げています。この小山の向こう側が「本郭跡」です。

「本郭跡」に到着。林状態ですが、山が管理されているため登りやすかったです。目印に赤いリボンを結んでおきました。バイクを駐めた場所から約7分かかりました。「本郭跡」からも尾根は北に続いているのですが、そちらには進みませんでした。

「堀切」を上から見たところです。

城山を降りて、山裾を見ると石垣らしき跡がありました。「高山向山城址」の遺構かどうかは不明です。

バイクを駐めた場所に戻ってきました。往復に約16分かかりました。

最後は「高山城址」ですが、その前に「高山右近生誕地碑」を見ることにしました。バイクは「高山右近生誕地碑」前のエスケープゾーンに駐めました。

「高山右近生誕地碑」です。ここで昼食をいただきました。

では「高山城址」に向かいます。「高山城址」は「高山右近生誕地碑」の場所から少し北上し、「西方寺」前の分岐を左に向かいます。ソメイヨシノではないと思いますが、桜が咲いていました。

暫く道を進むと「高山城址」への分岐点があり、林道に入ります。林道は整備されており、また案内看板があるため間違えることはありません。

「高山城址」に到着。バイクを駐めた場所から約8分かかりました。城址には、城跡碑と説明看板が設置されていました。

「高山城址」からの景色。低い山なので絶景とはいきませんが、山が整備されているため、景色は良く見えました。

バイクを駐めた場所に戻ってきました。往復に約21分かかりました。

本日の予定としては終了なのですが、「高山城址」の近くに「高山マリヤの墓」があるので、そちらにも立ち寄ることにしました。「高山マリヤの墓」は、府道4号線を北上して、そこから徒歩で向かいます。

バイクを府道のエスケープゾーンに駐めて、後ろの坂道を登って行ったのですが、帰り道に府道からの入口を間違えていたことに気づきました。正しいルートは、もう少し南に入口があります。

グーグルマップを見ながら「高山マリヤの墓」へ向かいます。立入禁止っぽい林道も何のその、です。

林道を進んで、右手に迂回したら、正しいルートと思われる案内看板を見つけました。わたしはこの案内看板の向こう側からやってきました。

「高山マリヤの墓」に到着。バイクを駐めた場所から約6分かかりました。案内看板は「マリヤ」なのか「マリア」なのか統一してほしいものです。

「高山マリヤの墓」の説明看板によると、墓石(3つと木の裏側に1つ)は二組のキリシタン夫婦のものらしいです。「高山マリヤの墓」の所伝は不明・・・とのこと。

帰り道は正しいルート通りました。ちゃんと案内看板が出ています。まあ全部「マリア」なわけですが・・・。

正しいルートは、わたしがバイクを駐めた場所の南になるので、府道を北に歩いてバイクのところまで戻りました。

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お城巡り(茨木市 佐保栗栖山砦跡・佐保城址編)

前々回の「信貴山城址」、前回の「芥川城址(山城)」と「三好長慶」「松永久秀」縁のお城が続いたので、次は「三好長慶」が「芥川城址(山城)」の後に移り住んだという「飯盛山城址」を考えています。「飯盛山城址」は「信貴山城址」に同行した奈良県のM氏と行く予定しにしていますので、今回は地元の「佐保栗栖山砦跡」と「佐保城址」です。

「佐保栗栖山砦跡」は、「芥川城址(山城)」の後で下見をしたのですが、今ひとつよくわかりませんでした。とりあえずグーグルマップのストリートビューで城跡碑を見つけたので、できれば城址もという感じで向かいました。

府道110号線沿いの会社に入る私道の脇に「佐保栗栖山砦跡」の城跡碑があります。グーグルマップの過去のクチコミには説明看板の写真もあったのですが、台風か何かで壊れたのかも知れません。

城跡碑から府道を少し南下して左折して細い道に入り、突き当たりを右に進むと「佐保栗栖山砦跡」の城山付近に行けます。しかし城山一帯は工事中であり立入禁止でした。この辺りは、彩都を走る府道1号線の延伸工事が行われているので、城山付近に道路が通るのだと思われます。「佐保栗栖山砦跡」の発掘調査が行われたのも、この工事のせいだったのかも知れません。

「佐保栗栖山砦跡」は城山に入れないので城跡碑だけで断念し、「佐保城址」に向かいます。府道110号線に戻って2kmほど北上し、右折します。バイクは道端に駐めました。「佐保城址」の入口は、バイクの進行方向の分岐の右側です。

「佐保城址」の入口には害獣対策フェンスがあり、立入禁止になっています。過去のグーグルマップのクチコミでも、立入禁止のためにあきらめたという報告がありました。わたしも断念しようかと思いましたが、柵の左側に人が余裕で通れる隙間があったので、そこを通り抜けました。

「佐保城址」へ向かう林道を進みます。石垣の遺構が残っており、城址であることが伺えます。

林道を進むと、田んぼがある辺りで「佐保城址」の位置から遠ざかっていきます。そこで田んぼにある害獣対策フェンスの電気柵(2箇所)を通って、城山の下に向かいます。

上の写真の電気柵の向こう側が城山です。城山は一面笹藪状態で、笹をかき分けながら登ります。山上に登ると平坦になり、本郭跡と思われる場所にたどり着きますが、明確な遺構がないため、グーグルマップのマーカー地点を本郭跡としました。目印に赤いリボンを結んでおきました。

城山を降りてきました。再び電気柵を2回通り抜けて林道に戻りました。

バイクを駐めた場所に戻ってきました。往復に約22分かかりました。「佐保栗栖山砦跡」は残念でしたが、「佐保城址」にはなんとか行けたので満足です。

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お城巡り(高槻市 芥川城址(山城)編)

「信貴山城址」は「松永久秀」のお城でしたが、「芥川城址(山城)」は、その主君である「三好長慶」のお城です。一般的には「芥川山城」と呼ばれていますが、発掘調査の結果「芥川城址(山城)」が本城で、「芥川城址(平城)」は平時の居館ではないかと推察されているようです。

城址で昼食を摂るため「セブンイレブン高槻安岡寺一丁目店」で、コーヒー休憩と昼食の調達をし、「芥川山城跡入口」に向かいました。バイクなので道端に駐めています。バイクの進行方向に見える2枚の看板の先が入口です。

「芥川山城跡入口」の説明看板です。ここが城址に一番近い入口ですが、周りには釣り客用の有料駐車場しかありません。

「芥川城址(山城)」に向かいます。約900mなので、前回の「信貴山城址」に比べるとすごく楽そうです。初めは川沿いの細い道を進みます。

途中には案内看板があるので、迷うことはありません。「芥川城址(山城)」は「三好山」にあります。もちろん城主の「三好長慶」にちなんだ名称なのだと思います。

「芥川城址(山城)」の城域に入りました。城跡碑があり、「城山城跡」とあります。一瞬ここが城址なのかと迷いましたが、まだ登り道が続いています。

「芥川城址(山城)」に到着。ここの城跡碑には「城山城址」とあります。山頂の祠には「三好長慶」と「松永久秀」が祀られています。「芥川山城跡入口」から約16分かかりました。急斜面もなく楽に登れました。

城址にはいくつかの説明看板も設置されています。

「三好山」の山頂からの景色です。写真には写っていませんが、おばさんとお子様の憩いの場となっていて賑やかでした。まあ、この山はお子様にも登りやすいですからね。

帰り道に「堅土塁」の案内看板に気づきました。土を盛り上げた障壁ですね。ここにしか土塁跡は残っていないそうです。

登城道には、こんな危なっかしい橋もありますが、急坂もなく楽に訪問できる城址でした。

「芥川山城跡入口」に戻ってきました。城址で昼食を食べていましたが、それを含めて往復に約48分かかりました。予定より早く終わったので、次回予定の「佐保栗栖山砦跡」の下見に行きましたが、最寄り地点からのルートがよくわかりませんでした。

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お城巡り(奈良県生駒郡 信貴山城址編)

2月は、寒いわ雨雪は降るわで、お城巡りどころじゃありませんでした。やっと暖かくなってきたので、お城巡り再開です。今日は奈良の友人M氏と「龍田大社」で待合せのため、「ファミリーマート南春日丘店」で昼食とお茶を購入して、10時10分頃に出発です。

11時頃に「龍田大社」に到着。平日なのに参拝者の車が沢山駐まっていました。バイクの進行方向の先に小さな公園があり、そこのベンチで昼食を食べながら、M氏の到着を待ちました。

11時25分頃、M氏登場。バイクはバイクでも自転車で登場です。自宅から小山を越えて来たので、既に息も絶え絶えです。

「龍田大社」に参拝。信心深くはありませんが、軽巡洋艦「龍田」の艦内神社とあっては、お参りしないわけにはいきません。

「大日本帝国海軍軽巡洋艦龍田慰霊顕彰碑」です。おそらく主砲の14cm砲だと思われます。

「龍田大社」の参拝を済ませて、いざ「信貴山城址」に出発です。「信貴山城址」は、現在の「信貴山朝護孫子寺」になります。

信貴山へのケーブルカーの駅跡地です。記念に車両が展示されています。ここからケーブルカーの線路があった道を登っていきます。

初めは駅跡地からまっすぐ舗装された坂道を登ります。十分に体力を削ったところで、「ケーブル跡ハイキング道」に入ります。ケーブルカーの線路跡なので、本当に真っ直ぐに登るため、心が折れそうになります。駅跡地からここまで約15分かかりました。

「旧信貴山駅舎」に到着。ハイキング道に入って、ここまで約14分かかりました。駅舎内で少し休憩しました。

「信貴山朝護孫子寺」の「仁王門」に到着。「旧信貴山駅舎」から約5分です。

「信貴山朝護孫子寺」内を山頂に向けて登ります。急な斜面はスイッチバック式に道が整備されていました。

「雌嶽」と「雄嶽」の分岐点にある説明看板です。「雄嶽」の山頂が「信貴山城址」になります。

「雄嶽」山頂にある「空鉢護法堂」に到着。「仁王門」から約23分かかりました。景色も絶景です。

「信貴山城址」に到着。「空鉢護法堂」のすぐ手前に、城跡碑があります。

今回は「ちんたらツーリングチーム」の「コーヒーミーティング」を兼ねているため、ここでコーヒーを淹れます。わたしは「SSTR2021」の参加賞だった「アウトドアコーヒーメーカーカップセット」を持参し、M氏がコーヒー豆とお湯を持参しました。

「カップセット」は豆の挽き具合を調整できるのですが、それに気づかず、かなり細かく挽いてしましました。M氏は「カップセット」を使用せず、手動のコーヒーミルとペーパーフィルタで淹れていました。

「カップセット」じゃなくてインスタントコーヒーでいいや、と固く誓ったところで、「松永久秀屋敷跡」へ向かいます。案内看板が不親切で、結構迷いました。

「松永久秀屋敷跡」に到着。まあ、林状態でした。

一度「信貴山城址」付近まで戻って、「信貴山朝護孫子寺 本堂」に向かいます。

「本堂」の正面と景色です。冬の間の不摂生がたたって、体力的にはかなりヘロヘロです。

帰りは別のハイキング道を降りて、「龍田大社」の駐車場に戻ってきました。往復で約3時間半かかりました。リハビリにしては過酷でしたね。

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お城巡り(高槻市 芥川城址(平城)・高槻城址編)

寒さに勝てないため山登りの必要なお城巡りは後回しにして、平城を巡ることにしました。ということで、「芥川城址(平城)」と「高槻城址」です。

「芥川城址(平城)」は、以前は「芥川城址」と呼ばれ、摂津峡の山上にある城址を「芥川山城址」としていたそうです。しかし「芥川山城址」の発掘調査の結果、そちらが「芥川城址」であることが確認されたため、平城の方は何かの館の跡かもという感じになっているらしいです。

「芥川城址(平城)」は、ちょっと立派なお屋敷の前に城跡碑があるだけです。道が狭いので、少し離れた道端にバイクを駐めました。バイクの向こうに見えるのがお屋敷です。

お屋敷の外観と城跡碑です。説明看板等はありません。この城跡碑は「芥川城址」が、まだ「芥川山城址」と呼ばれていた頃に建てられたのだと思われます。

次は「高槻城址」に向かいます。「高槻城址」付近は、現在「高槻城公園」として整備されています。道路脇で工事が行われていたため、道端にバイクを駐めることができず、「高槻市立しろあと歴史館」の駐車場に駐めました。もちろん城址の見学後に「歴史館」も見学しました。

周辺案内図です。「高槻城址」の城跡碑は「高槻城公園」内ではなく、隣接する「槻の木高校」の敷地内にあります。まあ、この付近一帯が「高槻城址」の敷地なんですけどね。

「高槻城址」の説明看板と城跡碑です。城跡碑は「高槻城公園」内にあると思い込んでいたため、探すのに少し手間取りました。

「高槻城公園」です。「城跡公園」と書いてありますが、横に「高槻城公園」に名称が変わりました、という説明看板が横に立っています。「高槻城公園」にも新しい城跡碑がありました。

「高槻城」の城主だった「高山右近」の像です。この日は抜けるような青空で暖かかったです。

「高槻市立しろあと歴史館」に戻ってきました。このあと「歴史館」の見学(無料)をしてから帰路につきました。

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